醜い日本の私

中島義道
エッセイ 2006年 新潮社
マイノリティの悲哀 ★★☆


「醜い」は「日本」を修飾してるんだよね、「私」ではなく。

まずあげつらわれるのは日本の風景。張り巡らされた電線、ごたごたしたストリート、吐き気を催す看板、絶え間なく耳を殴りつけるお節介放送・・・なんと汚らしく醜い国にわれわれは暮らしているのか。
しかも大多数の正常な日本人は、不快に感じるどころか、そこに居心地の良さを見出すのである。
さらには、その場しのぎのウソを天真爛漫に操る無神経な人々、買い手が売り手を奴隷化するシステム、など、いくぶんぐさっとくる内容。

醜い日本に敢然と立ち向かうドンキホーテがひとり。嗚呼。

別に電線が垂れ下がって感電するわけじゃあるまいし、ほっときゃいいやん。と、普通の人(マジョリティ)なら思うさ。電線地中化はお金がかかるんだし、そんなカネがあるなら、住民の健康に直結する老朽水道管の交換をやっとくれ〜。

他者の醜怪さへの攻撃は、突き詰めれば「ブスハセイケイシロ」てなことになってしまう。

中島義道は池田清彦とオトマダチだそうで、なるほど類は友を呼ぶだなあ。
大学教授とはお気楽なショーバイなのだ。

さて、このかたはとっても偏食の激しい人のようだし、喫煙者(なんと醜怪な)であり、コンビニ弁当やファストフードを愛食していると見受けたので、老婆心ながらアドバイスいたします。
現代の若者がすぐにキレるのは、食生活に問題があると言われている。中島教授、あなたが些細なことでカッカするのもたぶん同じ理由であろう。
インスタント食品や出来合いのお惣菜をやめ、野菜とりわけ緑黄色野菜をたんと食べなさい。タバコと清涼飲料水をやめ、ハトムギ茶を飲みなさい。
数ヶ月も続ければ、気分も落ち着き、立派な好々爺になれましょうぞ。

ところでほかの著作では『人生を<半分>降りる』を読んで不愉快になったことがある。
じゃあ性懲りもなく読むな、ほっときゃいいだろ。へい、すんません。

閑話休題。
打ち明けると、この本に書かれている事項の67パーセントくらいは賛同したい。
江國香織の美意識をこき下ろすあたりは痛快でさえある。
言葉の本質を知らず、考えたこともなく、正しく使え(使わ)ない日本人たちはこっけいで、そんな人々が善意で支配する「世間」は暴力的といえる。

何を隠そう、とある面においてわたくしも哀れなマイノリティである。
フツーの人々が喜ぶことを苦痛と受け止める感受性の持ち主がいかに生きづらいものか、日々、身をもって体験している。
しかもその自らを害する感覚を「治し」たくなんかない。
いわば同類項。マイノリティとしての共感は持てる。

それはそれとして、この著者への反感は別のところから出てくる。

つまりこの人は、あれはいやだ、これは嫌いと好き勝手なことを書いて公にする場と機会を得ている。表現力もある。おまけにそこからおカネも転がり込む。それでいて被害者面している。マイノリティを逆手に取った傲慢さが気に食わぬ。
この人はまったき強者なのだ。

同じマイノリティでもわたくしは弱者である。
嫌いなものを嫌いと言い放つと、翌日からおまんまが食えなくなるおそれがある。鬱々とうちに秘めておくしかない。

やっかみだと嗤うなら嗤え。
2008年04月19日 21:20 by 蕪  ※(0)  虎(0)  随想・評論
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