検印

古い本の奥付に著者のハンコを押した紙が貼り付けられているのを見て、そういえば昔はこんなだったなと懐かしむ。

検印

本物の朱肉を使ったものではないようでもあるが、同じ著者の同じハンコでも、版によって押す位置が違っていたりして、かなり面倒な作業だったと想像する。いつしか「検印廃止」の断り書きに取って代わられ、今はそれさえもない。

検印廃止

廃止の時期は出版社によって異なり、ハンコまがいの図柄で代用した時代もあるらしい。

飾り印

百科事典によれば、偽版防止と版権保護のため設けられ、印税計算に必要だったとか。

自費出版が大はやりと聞く。こういう部分に凝ってみるのも一趣向である。
2008年05月13日 17:44 by 蕪  ※(0)  虎(0)  読書エッセイ

神と怨霊 思うままに

梅原猛
エッセイ集 2008年(新聞連載2005〜2007年) 文藝春秋
スンマセン、過去の人かと思ってた ★★☆


『神と怨霊』とは、思わず引いてしまうタイトルだが、『思うままに』という副題(正題?)が示す通り、日常生活や社会問題を取り上げた、ごく常識的な随想である。庭の花から始まって、プロ野球や大相撲の話題、JRの脱線事故に潜む企業体質、ライブドア錬金術、イラク戦争など、時事問題に対する意見は読みやすく含蓄に富む。

と思いきや、やはり歴史・宗教・哲学関連が主題となってくる。

「神は死んだ」とニーチェは言った。我が国では人が死んで神になるのである。
個人が神として祀られるには、非業の死を遂げねばならぬ。だから怨霊。

人が神になれる日本は軽い国か、幸いな国か。西洋神と違って絶対的存在ではないし、八百万もの数だし、比較はできない。
中国でも関羽のように、不本意な死ゆえか祀られた武人がいる。なぜか商売神。
「祀る」行為は「崇める」よりも「祟りを恐れる」気持ちのほうが大きい。そういえば「崇」と「祟」はよく似ている。

死んで「神」になるのはなんとなくなじまない、死者は「ホトケ」になるものではないのか。ま、それは一般人。これとて犯罪被害者など不幸な死に方をした人ほどそう呼ばれる傾向にある。
宗教心のない身には、神も仏もありゃせん、違いさえわからんのだが。


神を考える参考に↓

脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?

前野隆司
哲学書 2007年 技術評論社
脳の中にいるのは小さなホムンちゃん ★★


『ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史』ということで、科学と哲学の融合?

人の「心」は脳にあるのか。心身一元論、二元論など史上現れたさまざまな説を紹介しつつ、ロボット学者の立場から一元論を語っていく。
ま、心がどこにあろうと生きていくに差し支えない。てのが凡人の感想だ。

思い出すは星新一のショートショート。
神を作ろうとした人が、神に関するあらゆる情報をロボットにインプットしていったら、しまいにロボットは姿が薄れて消滅してしまった。そして・・・かなり衝撃的な結末であった。この国に神は存在していなかったのである。
2008年05月11日 12:33 by 蕪  ※(0)  虎(0)  随想・評論

だれもあなたのことなんか考えていない

ロジャー・ローゼンブラット Roger Rosenblatt
エッセイ 早川書房
30歳過ぎたら自分の人生に責任を持て ★★☆


副題『他人にしばられずに長生きするための58条』

海外ではこういう、ちょっと気の利いた短文を並べた薄手の人生訓に人気があるようだ。
もっとも本作には妙に長い編もいくつか混ざっており、気の利いた内容とも限らない。形式だけにとらわれたんじゃない、中身重視だよ、と言いたげ?

58のうち半分近くは一般日本人には関係なさそうだし、訳文に首をかしげる部分もあり、買ってまで座右に置くほどではない。まして各章の中身を暗記するなんてとてもとても。
第一、基本的姿勢が否定に満ちている。あれをするな、これをするな。ま、長生きしたかったら、吸ったり飲んだり食べたりを最小限に抑えなければならないのが真実だからね。

としても、こういうジャンルにはなじみにくい翻訳本のわりには、気に入った部類。
ごもっともないくつかの章を書き止めてうなずくだけでも価値はある。

『孤独のほうがエッグベネディクトよりまし』・・・エッグベネディクトって何よ? 何であったとて、「孤独」は「まし」と相対評価される以上のものだと、個人的には感じている。

『だれも羨まないこと──絶対に』

『だれかに忠告してはいけません。とくに、それがその人のためになると思うのならなおさら』・・・あああ、至言である。

『あなたのことじゃない』・・・実に。解説に自分のことを書くヤツが多過ぎる。

そして『お金のために行動するなかれ』・・・おお、そうだったか。そうだ、その通り。以上。
2008年05月03日 13:34 by 蕪  ※(0)  虎(0)  随想・評論

ジョン・ディクスン・カー<奇蹟を解く男>

ダグラス・G・グリーン
評伝 1996年 国書刊行会
マニア向け良書 ★★★☆


500ページ超のぶ厚い本。文献と注釈だけでも相当なもの。
年表と登場人物リスト(!)があればもっと良かった。しおりひもも2本くらい欲しいところだ。

カーの生涯になんぞ興味はないと個人的には思っていたのだけど、意外や読み始めたらどんどん惹き込まれてしまう。
カーマニアだけでなく、ミステリファンなら読んでおこう。なぜ推理小説家にカーのファンが多いのかわかるはずだ。

英米作家と呼ばれたカーの、イギリスとアメリカに対する揺れ動く思いや、なんであんなに駄作が多いのかという謎に対する答え(?)も含め、作品、交流、家族、手紙などを通して鮮やかに浮かび上がるカーは実に人間的。なんとみっしり詰まった人生であったか。
わたくしが読んだものはおそらく全体の半分くらいに過ぎないだろうが、再読したい気分にさせてくれる。

著者は人文学の教授でミステリ収集家。アンソロジーなども編纂している。カーの一ファンでもあった。
内容はほぼ全作品に言及している丹念な労作。
ネタバレの前には警告マークがあるが、どこまで飛ばせばいいか、ぱっと見てわかりにくいのが難点。さほど重大なばらしはないように思う。

よくできたミステリなら、トリックがわかっていても面白く読めるものである。
真摯に書評を書こうとする人なら2度3度読み返すであろう。2度目は読書というより作業、つまり伏線や状況説明をチェックしながら納得したり首をかしげたり、細部へのこだわり(せこさ?)に感嘆したり・・・神の気分でかえって興味が深まることだってある。
わたくし自身は読み返すとしてもずいぶん年月が過ぎてからになることが多く、たいていストーリーも犯人も忘れてしまっているのだが、『ユダの窓』だけはいつまでも覚えている。うん、あのときはほんとスゴイと思った。
2008年04月27日 08:31 by 蕪  ※(0)  虎(0)  伝記・人物論・書評

物しか書けなかった物書き

ロバート・トゥーイ 法月綸太郎・編
短編集 2007年 河出書房新社
編するくらいならもっと物書いてくれ法月 ★★★


いわゆる「奇妙な味」ジャンル。
ファンタジーとも妄想ともつかない、ちょっとした思いつきを文章にしたようなものもあり、賛否が分かれそう。

たとえば「あっと驚くどんでん返し」みたいなものとは違っていて、変な方向から足をすくわれる、のだけど、ひっくり返らずに立っていられる、そんな軽さであった。
『階段はこわい』など、その典型かな。

『予定変更』ではなんとも言いがたい不条理に肩透かしを食わされた気分になる。ある意味つまんない展開だが、実はこのようなものを書きたかった気持ちがじわんと迫ってきたりする。
世界中の人が寄ってたかって、しかも万難を排して自分をおとしいれようとしていると思えてならないことが、人生にはけっこうあるじゃないか。うおう。


ついでにこの人↓

ナツメグの味

ジョン・コリア John Collier
短編集 2007年訳書 河出書房
シナモンを混ぜてみたらどうかね ★★☆


奇妙な味の第一人者、ジョン・コリアの最新作。と思いきや、1940年代に書かれたものであった。時代を感じさせないのが、「奇妙な味」の普遍性である。
平凡な素材でもとことん煮つめる(執着させる)と、味が出てくるのだ。ただし読後感はあまりよろしくない。
2008年04月25日 21:06 by 蕪  ※(0)  虎(0)  ミステリ・推理


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